【要約と感想】桑瀬章二郎『今を生きる思想ジャン=ジャック・ルソー―「いま、ここ」を問いなおす』

【要約】ルソーの生い立ちから死までの経歴と活動を辿りながら、一つ一つの著書の内容にそれほど深入りすることはしませんが、様々な知の領域に渡って展開する不可分な思考の枠組みを示しながら現代的な意義を明らかにします。
 ルソーは今も昔も十全に理解することが困難な思想家ですが、それは多面的多角的に読める著書から領域横断的で根源的な「問い」が迫ってくるだけでなく、著者ルソー自身が読み方の「解」を提示するという他に類を見ないような形で人生とテキストが絡み合う作りになっているからです。もしも現代的な意義があるとすれば、もちろんSNSや公衆に向けた自己顕示欲など様々な観点から響き合うトピックはたくさんありますが、すべての前提と先入観を取り去って、誰かに忖度することなく、ものごとの根源を自由に考え抜く姿勢そのものが重要でしょう。

【感想】分量も少なく、著書の内容そのものにそれほど深く立ち入らない一方、ルソーの矛盾に満ちた生涯と作品の全体像をコンパクトに概観できるので、どういう人物でどういう本を残したかをさくっと知りたい人にはまず良い本のような印象だ。高校生までの世界史や倫理の教科書では、ルソーというと近代の政治や社会に関する理論を打ち立てた人ということになっているわけだが、本書はもちろんその教科書的な記述にとどまらず、音楽家や野心的批評家やベストセラー作家や自伝作家としてのルソーをしっかりと描いている。政治社会的な関心からのアプローチだけでは、『新エロイーズ』に対する評価をこういう形でルソーの思想全体に関連付けて表現することはできない。研究者の面目躍如といったところだろう。ある特定の決まった興味関心からルソーを都合よく使ってやろうというのではなく、ある程度無心にルソーの本を読んでいる人には、おそらくところどころに分かり味が深い洞察がちりばめられていて、様々なインスピレーションが湧いてくるのではないか。私個人としては、ぜひ「教育学」の立場から『エミール』以外の著作を深堀りしたいものだ(76頁には法学・経済学・宗教学・社会学は挙げられているけど、教育学は抜けてるんだよね)。

桑瀬章二郎『今を生きる思想ジャン=ジャック・ルソー―「いま、ここ」を問いなおす』講談社現代新書、2023年