【要約と感想】ロンゴス『ダフニスとクロエー』

【要約】今から1800年あまりも昔のギリシアの恋愛小説です。捨て子だった男の子ダフニスと、同じく捨て子だった女の子クロエは、自然豊かなエーゲ海のレスボス島で、様々な事件や障害に遭いながらも、健全・純情・素朴・敬虔に成長し、美しく季節がめぐる中で、微笑ましくも麗しい愛をゆっくり育んでいきます。最後には実の両親とも巡り会い、大金持ちになって、結婚します。めでたしめでたし。

【感想】話の筋自体に見るべきものはない。典型的な貴種流離譚をベースに、徹底的なルッキズムでご都合主義に終始する。主人公たちは何かトラブルに巻き込まれても神様に頼んだり恨み言を言ったりするだけで能動的に解決しようと知恵を働かすことは一切ないのに、神様たちの一方的な加護のおかげですべて事なきを得る。日頃の敬虔な気持ちと行動が大事だということではあるだろうが、主人公の主体性欠如は否めない。まあ、洋を問わず近代以前にはありがちな展開ではあって、特に本作だけが責められるものではない。
 が、一方で近代の作家たちにも支持されたという牧歌的な自然描写は非常に良かった。美しかった。これが1800年も前の作品だとは、人類も凄いものだ。自然描写の美しさは、季節の表現にもっともよく顕れていたと思う。春夏秋冬の移り変わりと、折々の季節の賜物、それに関わる人間の営みの描写は、読んでいて気持ちがよく、清々しい気分になる。訳がいいのかもしれないが、海外の知識人たちも褒めているということなので、おそらく原文から美しいのだろう。
 また、解説等では特に触れられていないが、個人的には性格描写にも感心しながら読んだ。行動そのものは受動的で展開はご都合主義に終始するのではあるが、いっぽう実は内面描写が丁寧だったりする。特に恋に目覚めた後のダフニスの内面描写は、少々しつこくもあるが、とても丁寧で、よく分かる。好きな女の子に会いたくて言い訳を考えるけれども思いつかなくて悶える様だとか、いいところを見せようと張り切るところとか、間接キスで興奮するとか、触りたいけれどもどう触ったらいいか分からなくて困惑する様だとか、もう地域も時代も関係なく、恋する人間ってみんな同じだな、と微笑ましい気持ちになる。よく伝わってくる。ご都合主義的な展開を補って余りある美点で、最後まで飽きずに読めた。
 しかしまあ、ダフニスくんの童貞喪失の場面は「あちゃー」という感じだ。ダフニスくんの童貞はクロエちゃんにもらってほしかった。

ロンゴス/松平千秋訳『ダフニスとクロエー』岩波文庫、1987年