【要約と感想】水田洋『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』

【要約】15世紀半ばに印刷術が発明されて以降、知識は本の形で「商品」となりました。主に商品としての本に関わった出版業者や編集者の生き様を通じて、書誌や酒や音楽に関する蘊蓄も交えながら、ヨーロッパ近代という時代の雰囲気を垣間見ます。

【感想】読者を限定する本だ。ヨーロッパ近代思想史に関する基礎教養が要求される内容になっていて、相応知識を持つ層であればニヤリと笑いながら読めるが、初学者にはお勧めしない。そしてそれは敢えて衒学的に狙ったわけではなく、叢書(『経済学全集』第2版)の月報に連載された文章をまとめた結果、こういう味わいになっている、ように思う。ともかく、叢書の月報を書くという仕事には、専門領域の全体像を把握していることはもちろん、それに関わる幅広い教養が要求されるわけで、それを一人でこなしていたのには舌を巻く。私としても酒を飲みながらこういうレベルの話ができるようなジジイを目標に教養を積んできたつもりだが、さてはて、道は果てしない。

【今後の研究のための備忘録】ボルケナウ
 フランクフルト学派の一人、ボルケナウの主著「封建的世界像から市民的世界像へ」について語るところで、こう言っている。

 ボルケナウはこの論文で、ルター主義の支配が確立されたのが、エルベ以東のドイツであり、そこでは、西ヨーロッパで宗教改革がうみだした革命――ドイツ農民戦争をひとつの頂点とする――が、まったく起こらなかったことを指摘し、他方では、旧教・正教の世界でも、東ヨーロッパのギリシャ正教が修道院エリート主義をもつのに対して、ローマ旧教がそれをもたないという違いがあり、カルヴァン派は、世俗の信徒を重視する点で、むしろローマ旧教を継承するものだという。また、彼によれば、ギリシャ正教とルター主義には、エリート主義をふくめておおくの共通点があり、とくに重要なのは、ルターにおける罪の観念が、逆転して一切の道徳の否定にいたり、ギリシャ正教の最大の罪人に最大の恩寵があたえられるという教義と一致してしまうことであって、それがドストイエフスキーの影響を、ドイツであのようにおおきいものにしたのである。
 戦後における東西の対立を予測していたかのように、ボルケナウは、ルター主義を、エルベ以東の地主貴族支配の宗教と規定して、ギリシャ正教に依拠するスターリン独裁にむすびつける。これは、スターリン主義の批判であるだけでなく、ドイツ精神の自己批判または自己分裂であった。」258-260頁

 この引用箇所が気になったのは、もちろんロシアのプーチンを想起したからだ。プーチンがウクライナ侵攻を正当化するときに依拠するギリシャ正教の有り様が、実はスターリン主義や、それを超えてルター主義とも響き合っているかもしれないという示唆。私たちやヨーロッパ諸国の常識から見れば、プーチンは狂気の振る舞いにしか見えないわけだが、ギリシャ正教1500年の歴史的文脈の中に置いてみると実は首尾一貫しているということなのかもしれない。
 そして実はボルケナウ「封建的世界像から市民的世界像へ」は、亡くなった大学の指導教官であった土方先生から私向けの本だと進められて頂いてしまったにも関わらず、あまりの大著ぶりに恐れをなして目次にしか目を通しておらず、本棚の肥やしになったままなのであった。今こそ真剣に取り組むべきタイミングが訪れたということか、どうか。

水田洋『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』講談社学術文庫、2021年<1985年