【要約と感想】増田四郎『ヨーロッパ中世の社会史』

【要約】Q:ヨーロッパはどうして世界最先端になれたのか?
A:個性を大事にしたからです。

【感想】本書で言う「ヨーロッパ」とは、フランス・ドイツ・イタリアを中心とする西ヨーロッパのことで、ビザンツ帝国やロシアや東欧やイベリア半島やスカンジナビア半島は視野に入れていない。つまり、ほぼほぼゲルマン民族を対象にしている。また「中世」とは、ゲルマン民族移動が始まる4世紀から国民国家の形成が始まる16世紀までを指す。ヨーロッパが近代以降に強大になったのは、中世に培われた精神的風土が決定的に重要だと主張している。また「社会史」とは、アナール学派が言うような意味ではなく、政治史・経済史・法制史等を総合した上で、今後は丁寧な「地域史」を土台に歴史像を組み立て、発展段階史を乗り越えていくべきだという、著者独自の主張を含む方法概念だ。
 で、地域史を丁寧に積み上げていくと、西ヨーロッパには、アジアやイスラムや東欧とは異なった共通の精神的土台があることが確認できると言う。秦漢帝国や古代ローマ帝国のような「世界帝国」を拒否して、個々の地域の個性を大事にしてお互いに切磋琢磨しながら支え合うような仕組みの社会だ。個性的な市民団体や職能集団が独自の役割を果たし、王様や貴族(荘園地主)など権力者もルールに従わなければ何もできないような社会である。西ヨーロッパから誕生した国民国家とは、世界帝国を目指さずに、地域の個性を大事にする精神的風土から成長してきた制度ということになる。日本がお手本にすべきなのはこれだ、と本書冒頭から結論が出ているのであった。

 さて、こういう西欧理解は、そんなに新しいものではない気がする。具体的には、いわゆる「勢力均衡」がヨーロッパの政治原理であることは、ずいぶん昔から言われている。西欧の国がそれぞれ個性を活かしながら役割分担をすることで発展してきたことについては、明治時代の日本人も気がついているし、著者に言われるまでもなくお手本にしている。
 本書の独創性は、それを具体的に、三圃制の展開、都市の成立、農村と都市の経済的相補関係、経済圏の成立と地域の個性などなどで実証している点にあるのだろう。まさに「地域史」の面目躍如というところだ。個々の論点ではさすがに古いと感じるところもなくはないのだが、歴史像の総合的な構想については今でもおもしろく読める。
 とはいえ、グローバル化の負の側面を嫌ほど見せつけられると、一定程度、眉に唾をつけておきたくもなる。地域の個性化と役割分担は、本当に世界の人々を幸せにできるのか。結局行き着く先は、ウォーラーステインが描いたような、格差を前提とした世界資本主義システムではないか。本書は、冷戦崩壊後の世界情勢を知らない(もちろん著者の責任ではない)。

 著者が後進地域として切り捨てたロシア帝国(ビザンツ帝国を引き継いで世界帝国を目指す傾向)が、西ヨーロッパ(多様性と個性を尊重する傾向)の一員になることを目指したウクライナを攻撃し始めた2022年2月24日。著者は本書内で、地域の個性を活かして経済的に相互依存を高めれば平和が訪れると何度も何度も繰り返し主張し、世界帝国への傾向を批判しているが、グローバル化の果てに出来したこの現実を見たら、はたして何と言うだろうか。

増田四郎『ヨーロッパ中世の社会史』講談社学術文庫、2021年<1985年