【要約と感想】オーギュスタン・ティエリ『メロヴィング王朝史話』

【要約】西ローマ帝国滅亡(西暦476年)後、ガリアに誕生した初のフランス王朝「メロヴィング朝」(501-751年)について、特に西暦561年から580年にかけて記述した物語風歴史書です。物欲と色欲に目がくらんだ野蛮人の王と、権力欲にまみれた俗物の王妃が、嘘と打算と暴虐の限りを尽くし、大勢の人間を死に追いやり、自らも破滅に向かっていきます。
 が、著者の本当の狙いは、おもしろおかしく物語を語ることではなく、個性的なキャラクターを具体的な場面の中で動かしてエピソードを積み上げることによって、当時の統治法や徴税の仕組み、あるいは教会の権威とその源泉など、国家および社会の制度を浮き彫りにし、近代フランスの自治制の根源を明らかにしようとするものです。ヨーロッパの古代(ローマ的文化の遺制)から中世封建制(ゲルマン的自由)への、一筋縄ではいかない複雑な移り変わりの様子が、具体的記述の細部から立ち上がってくることを目指しています。(原著1840年刊)

【感想】まあ、著者本人が歴史学の手法としての「物語」を相当真面目に追求したことは分かったけれども、残念ながら実証主義の流れの中では大きな力を持つことはなかったようだ。とはいえ、物語としてそうとうに面白く読めて、著者本人の狙ったところとは違うとしても、しっかり時代に爪痕を残したこともまた確かなように思った。
 で、特に面白いのは、登場人物の大半がロクでもない人物ばかりなのだが、その歪んだ性格に対して機関銃のように浴びせかけられる罵詈の羅列だ。こいつは正真正銘ロクでもないやつだ、ということを、微に入り細を穿って多角的・多面的に実に詳細に記述している。読んでいるこっちが苦笑いしてしまうような濃厚な悪口、これがフランス的な精神というやつなのかもしれない(←偏見)。
 知識としては、主題であるメロヴィング朝に関する情報の他、パリの地政学的意味とか、トゥール・ポワティエ間の戦略的重要性がよく分かった気になった。

【今後の研究のため備忘録】
 「人格」という言葉に関するサンプルを得た。

「この名誉のしるしをほんの少しでも断ち切ることは、その人間の人格を冒瀆し、祝別された特権を奪いとり、王位継承の権利を一時的にも取りあげるということであった。」p.140

 おそらく原文ではpersonnalitéなのだろう。ここでの「人格」には、古代からの「役割・立場・面目」というような意味が色濃く貼りついているように読める。ドイツ語のPersönlichkeitとフランス語のpersonnalitéでは、なんとなくニュアンスが違っているような印象がある。ドイツ語の方はそうとう抽象度が高くなっているのに対し、フランス語の方は具体的な場面を想定する言葉になっているような、そんな漠然とした印象。

 それから、野蛮の王がキリスト教の生半可な知識を得て、本職の司教に「三位一体」の教義に関する論議を仕掛けるエピソードは、なかなか興味深かった。著者のほうとしては、野蛮なフランク人に三位一体の奥義などは分かりっこないという、文化落差の例として採用したエピソードなのだろうけれど。

オーギュスタン・ティエリ/小島輝正訳『メロヴィング王朝史話(上)』岩波文庫、1992年
オーギュスタン・ティエリ/小島輝正訳『メロヴィング王朝史話(下)』岩波文庫、1992年