【要約と感想】藤原さと『「探究」する学びをつくる』

【要約】アメリカ西海岸サンディエゴにある「ハイ・テック・ハイ」という公立高校(チャータースクール)では、PBL(Project Based Learning)=課題を探究するプロジェクト学習が行なわれています。子どもたちは教科書によって決められた内容を詰め込まれるのではなく、何らかのプロジェクトを実際に遂行する過程で様々な知識やスキルを身につけていきます。自立心や創造力が育まれるだけでなく、現実的に大学に合格する率も上がります。成功の秘訣は、教育の根本目的である「公正」が揺るがないことと、教師たち自身が自由で自律していることです。このようなPBLの取組みは、アメリカではデューイやキルパトリック以来100年以上の伝統が積み重ねられてきています。日本でも大正新教育から様々な取組みが試みられ、現在の学習指導要領の方向性とも相性が良いはずです。

【感想】「形式的な平等」ではなく「実質的な公平」、「機会の均等」ではなく「結果の平等」。自分から動ける人はどんどん勝手に進めばいいし、できない人には手厚いサポートをつける。PBLを回すためには、プロジェクトそのものを丁寧に実行することも大切なんだろうけれども、まずは土台となる教育観を教師陣が信念を持って共有していなければならない。そのために、教師は自由である必要があるし、コミュニケーションの機会を豊富に用意しておく必要がある。日本の学校と教師は、PBLを実行する以前の問題として、自由が制限され、コミュニケーションの機会を奪われている。この労働環境をどうにかしない限り、PBLどころではないのだろう。いわゆる「総合的な学習の時間」がうまく回らないのは、教師の力がないというよりは、教師と学校をめぐる環境と条件に根本的な問題があるように思う。

とはいえ、ハイ・テック・ハイの環境や条件を手放しに褒められるかというと、疑念なしとはしない。本文中でも言及されているが、給料が低いというのは目に見える問題だ。アメリカの教師の待遇が極めて劣悪なことはよく知られているが、ここでもやはり「やりがい搾取」というものによって給料が低く抑えられているのではないか。「チャータースクール」というものの負の部分が露骨に顕れているところではないか。本当に成功しているのだとしたら、給料は上がっていくべきではないだろうか。

このトピックには、個々の教育実践(プロジェクト)というミクロレベルの実践に教育制度(チャータースクール)というマクロレベルの行政が複雑に絡まって、中間レベルの教育課程(PBLカリキュラム)や評価(総括的評価ではなく形成的評価)の功績を見定めるのが難しい。専門家としては、まずは多くの具体的な実例を把握したうえで、適切に比較考量できるフレームワークを構成していく力量が求められるところだ。いやはや、たいへんだ。
ともかく、本書で示された実践が極めて魅力的なことには間違いない。写真に写っている子どもたちが活き活きと楽しそうに活動しているのが、説得力を増す。どんなに理屈をこねようと、やはり子どもの表情には嘘がない。魅力的な教育実践の一つとして記憶に留め、今後も参照していきたい。

藤原さと『「探究」する学びをつくる』平凡社、2020年