【要約と感想】佐藤明彦『教育委員会が本気出したらスゴかった。―コロナ禍に2週間でオンライン授業を実現した熊本市の奇跡ー』

【要約】熊本市はもともとICT後進自治体でしたが、市長と民間出身の教育長のリーダーシップの下で環境を整備し、公立小中学校での双方向オンライン授業を実現しました。成功のポイントは、目的を明確にした上で採り得る手段を比較考量し、十分な資源(カネとモノ)を揃えた上で、フットワークの軽い学校支援体制を整え、現場の教師の力を信じ、フィルタリングなどの規制を最低限に抑えたことです。

【感想】公立学校でのオンライン授業に関しては、全国的に実現できた学校は5%程度と極めて厳しい状況なのだが、熊本市と広島県の実績は突出している。ネット記事でも、熊本市と広島県の成功事例は様々な形で紹介されている。本書は、熊本市がどのようにオンライン授業を実現したか、主に教育委員会の立場から紹介し、成功した要因を考察している。現場の教師や保護者の視点からはまた別の意見や考えが出てくるのだろうけれども、まずは行政がどのように考え行動したかを押さえておくことは大切だ。

専門的な視点からは、本書が「総合教育会議」の機能について高く評価していることに注目しておきたい。総合教育会議とは、教育委員会改革の一環として2015年に導入された、首長の意見を教育に反映しやすくするための制度だ。熊本市がICTの導入に迅速に成功できた要因の一つとして、まず間違いなく首長と教育長の意思疎通が円滑に図られたことが挙げられる。それを可能にした制度として「総合教育会議」の名前が挙がってくるわけだ。そもそも「教育長の任命」に関して首長のリーダーシップが前面に打ち出されることも、教育委員会改革の結果でもある。熊本市のケースは、総合教育会議を含めて首長のリーダーシップが前向きに働いた例として今後も参照されることになりそうだ。
逆に言えば、熊本市以外の自治体でICTの導入がうまくいっていないとすれば、教育やICTに対する首長の見識が頼りないということになる。つまり「総合教育会議」を導入したから物事がうまく運ぶということではなく、首長の教育に対する見識そのものが問題になってくる。制度設計そのものが良いか良くないかは、うまくいった例だけでなく、うまくいっていない例も参照しなければ分からないところだ。

そして熊本市の「教育に対する見識」が高いのが間違いないのは、現場の教師の力を信頼していることだ。教育の専門家としての教師の力を信頼して、現場の自由と裁量権を確保し、管理ではなく支援の体制を整えることで、全体がうまく回る。逆に、現場の教師の力を信頼せず、むやみやたらに管理を強化すると、なにもできなくなる。オンライン授業ができなかった自治体は、要するに現場の教師の力を信頼せず、自由と裁量権を抑え込み、管理ばかり強めていたということだ。行政に「教育に対する見識」があるかどうかは、現場の自由と裁量権をどのように考えているかに決定的に現れてくる。

さて、本書を読む限りでは、熊本市のチャレンジは成功しているように見える。ものすごく頑張っている。が、教育というものは結果が出るまでに時間がかかるものだし、「塞翁が馬」みたいなところもある。強みに見えたものがアッと言う間に弱点に変わることもあるし、また逆もある。たとえば「首長のリーダーシップ」は諸刃の剣だ。熊本市の取組みがどのような結果を出すか、今後も注目しつつ、応援していきたい。

佐藤明彦『教育委員会が本気出したらスゴかった―コロナ禍に2週間でオンライン授業を実現した熊本市の奇跡ー』時事通信社、2020年