【要約と感想】小池一夫『人生の結論』

【要約】人生で得た結論は、判断に迷った時は人として美しい方を選べ、です。つまり、人は格好いい大人になるべきなのです。

【感想】うん、格好いいね。こういう爺さんになりたいね。
まあ、言っていること自体は極めて常識的で普通ではある。奇をてらったような表現は全くない。あるいは、どこかで聞いたような教訓ばかりでもある。同じようなことはアドラー心理学者や精神科医が盛んに言っている。自己肯定感が大事だとか、幼少期の愛情が大事とか、行動力が大事とか。似たようなことを言っている自己啓発本はいくらでもある。あるいは私が大学の講義で学生たちに日頃から伝えていることでもある。
しかしそれらの自己啓発や心理学と決定的に異なるのは、著者の価値判断の根底にあるのが「美」ということだ。判断に迷ったら「格好いいほうを選ぶ」という美的な生き方を実践したことだ。たとえば『葉隠』は、「迷ったら死にやすいほうを選べ」と主張した。あるいは小野寺浩二は「迷ったら自分を追い詰めるほうを選べ」と主張した。これも根底にあるのは「美」の意識だ。おそらく私が著書の言葉に説得力を感じるのは、この「美」への感覚を共有しているからなのだろう。そして私が信じるところでは、この美意識は人類に普遍的なものだ。仮に具体的な美の表現形は文化や時代によって違いがあったとしても、きっと「美意識」は普遍的なものだ。本書は、その普遍に触れてきているように思うのだ。
いや本当に、人生おつかれさまでした。

【個人的な研究のためのメモ】
意外ではあったが、「アイデンティティ」とか「自己実現」とか「大人になること」など、私が個人的に研究対象にしている諸概念の対してなかなか興味深い表現サンプルを与えてくれる本だった。
たとえば「大人になること」について。

「僕の世代は、大人にならなければ生きてはいけない時代でした。大人が子どもの感覚で生きていけるというのは今の時代のある種の豊かさなのかもしれません。」(4頁)

「大人は、子どものために大人になる義務があるのです。」(205頁)

「大人の世界は自由度が高いからこそ、自分を律する必要があるのです。」(182頁)

「「成熟した大人」とは、自分が成熟していないニセモノの大人であると自覚している大人のことなのです。そして、少しでもホンモノになろうと考えることができる大人のことなのです。」(5頁)

ソクラテスの「エロス的主体」とかカントの人格論を想起させて、なかなか興味深い文章だ。「子ども/大人」の区別をどう考えるかについて、近代とはどういう時代かも含めて、なかなかおもしろい示唆を与えてくれるものでもある。
またあるいは「自己実現」について。

「自己を実現しているかどうかということは、なりたい自分になれているかということです。」(234頁)

「自己実現とは、自分が自分を守るということです。自分を大切に扱うということです。他人が自分を雑にあしらうことがあっても、自分は、自分を守るのです。」(247頁)

「自分は、何か偉業を為し得ることはないかもしれない、しかし、いい人生であったと思うことができればこれ以上の幸福はありません。
それこそが、自己実現なのです。」(250頁)

他人や社会からどう見られるかではなく、「本来の己」をrealizeできているかどうかという観点がしっかり打ち出されている。「夢を叶える」ことと「自己実現」の違いを考える上でも、おもしろい示唆だと思う。
またあるいは「アイデンティティ」について。

「自分の核となるアイデンティティを持つということは、人生に起こる様々な困難に自分が潰されないということです。(中略)
それは、自分の拠りどころとするものが、他人や物ではいけないということです、あくまでも、己に立脚した自分自身でなくてはならないのです。(中略)
頑丈なアイデンティティは揺らぐことがありません。
どんな肩書きであろうが、地位や名誉がなくなろうが、何歳であろうが、自分が自分でいられるのが成熟した大人なのです。」(236-237頁)

アイデンティティが「述語」を拠り所にするものではなく「主語」に立脚するものであることが明確に示されている。私の講義でも論理的に説明しているところではある。

小池一夫『人生の結論』朝日新書、2018年