【感想】ルーベンス展(国立西洋美術館)

国立西洋美術館で開催中の「ルーベンス展―バロックの誕生」に行ってきました。特に、フランドル出身のルーベンスとイタリア美術との関連に焦点をあてた展覧会です。

第一印象は、とにかく「躍動感に溢れている」ということです。やはり人物のポージングがポイントなのでしょう。真っ直ぐに突っ立っている人物はほとんどおらず、ほぼ必ず首と腰をひねって、肩を押しだし、太ももを振り上げ膝を曲げて重心を傾けています。「ひねり」と「重心の傾き」から動きに対する予感が芽生え、躍動感が生じます。前日見たフェルメール描く人物はまったく腰をひねっておらず、ほぼ真っ直ぐ静謐に突っ立ち、躍動感の欠片もなく、時間が止まっていて、ルーベンスとのあまりの違いに、これが同じフランドルのバロック作家かと愕然とします。ルーベンスが死んだ8年前にフェルメールが生まれているらしく、二人が生きていた時代はかろうじて被っているはずなのですが、題材のチョイスから、人物のポージングから、筆遣いから、なにもかもが異なっていることに驚きます。この間のオランダの歴史的激動(独立戦争や三十年戦争など)や宗教改革がどのように影響しているのかどうか、歴史屋としては興味あるところではあります。
しかし素人として素朴に思うのは、デッサンが狂ってる絵があるんじゃないかという疑惑です。特に女性の裸体画で違和感が著しく、首から背中にかけての肉の付き方や首と頭の接続が異常に見えます。まあ、デッサンが狂っていることがそのまま絵の稚拙さを表わすわけではなく、現代萌え絵にも見られるとおり「鑑賞者からの見栄えを優先して故意にデッサンを歪める」ことも表現技法の一つであって、ルーベンスの裸体像に見られる個人的違和感も、当時に固有の表現技法に由来するのかもしれません。いや、デッサンが狂ってると私ごときが決めつけるのも巨匠に対して失礼な話ではありますが、まあ、率直に言えば、ルーベンスが描く肉々しい女体からは感情が沸き立ちませんし、家に飾りたいとも思いません(もちろん仮に欲しかったとしても手に入るわけはないのですが)。
一方、「パエトンの墜落」など躍動感溢れる群像表現には、素直に感嘆の情が沸き起こってきます。凄いです。見入ってしまいます。会場で売っていた図録は表紙が2種類あったのですが、迷わず「パエトンの墜落」のほうを購入です。馬がお尻を見せながら落ちていく構図(しかも墜ちていくパエトンの視線が馬の尻の割れ目にむいている)とか、凄すぎるでしょ。強烈です。これだけでも見に行く価値はあるんじゃないかなと、個人的には思ったり(いや、むろん、他の作品も凄いんですが)。

しかし作品を見ながら思い出したのは、教員採用試験の一般教養や小学校全科で美術関連の問題が出るとき、西洋絵画ではルネサンス期と印象派及び続印象派ばかりが出題されて、ルーベンスとかレンブラントとかバロック芸術が完全無視されているという事実です。学生たちに試験対策を施すとき、「筋肉マッチョを見たらミケランジェロ、丸くて柔らかかったらラファエロ、感情が見えない機械的な絵だったらダ・ビンチ」などと教えてきたわけですが、ルネサンスの三巨匠が必須教養として扱われているのに対してバロックが完全無視されているのは、思い返してみれば変な気がします。学校教育のこの偏りが何に由来するのか気になりながら、上野を後にするのでした。