【要約と感想】小川英雄『ローマ帝国の神々―光はオリエントより』

【要約】帝政ローマでは伝統的なギリシアやローマの神々に対する信仰は失われており、ペルシアやエジプトやシリア由来の神々が信仰の対象となっていました。マケドニアやローマ帝国のオリエント侵略以降、人口の移動やローマ帝国の宗教的寛容政策の影響だけでなく、オリエント諸宗教自体の魅力(派手な儀礼等)によって、ローマ帝国内に様々な宗教が流入しました。
具体的には、エジプトからはイシスやセラピス、シリアからはアドニスやユピテル・ドリケヌスやバールベック、小アジアからはキュベレやアッティクス、イランからはミトラス、パレスチナからはユダヤ教やキリスト教やグノーシス主義が流入し、隆盛します。そして熱心な布教活動を行なった排他的な一神教であるキリスト教が最終的には勝利します。

【感想】淡々とした客観的な記述に終始するので一見迫力がないように思ってしまったのだが、よくよく考えると凄いことがさらっと書いてある。世界史の教科書には載っていないことが典拠なしでさらっと書いてあったりするので俄には信じがたいことが多いのだが、実は高校世界史教科書の方があまりにも単調すぎるのであって、本書が描いたような多面的で複雑な世界の方が真実により近いわけだ。雑然とした多神教の世界をいったん受け入れると、むしろそのほうが当然の姿のように思えてくる。日本だって、皇室ゆかりの整然とした神話体系に基づく神社の中に、八幡とか熊野とか稲荷とか得体の知れない謎の神様が平然と同居しているわけだ。アレクサンダー大王やローマ帝国が征服した土地の土着神がギリシア・ローマの神々と習合し、帝国内の人々の移動に伴って、体系化されたりされなかったりしながら雑然と信仰の形がつくられていったのは、おそらく日本と事情が同じなのだろう。
様々なオリエント起源の神々とキリスト教を並列して記述するのは、現在の後知恵的観点から見ると異様ではあるが、当時の発生的現場に立ってみればむしろ多様な価値観が並列している状態のほうが当たり前であることも分かる。キリスト教に特権的な位置を与えずに当時の多様な宗教状況を淡々と記述するスタイルには、派手さはないが、静かな迫力がある。

中二病の人に読ませると様々な創作を行なうインスピレーションの源泉になるかもしれない、なかなか刺激的な本であるように思った。

小川英雄『ローマ帝国の神々―光はオリエントより』中公新書、2003年