【要約と感想】『イソップ寓話集』

【要約】イソップ寓話と呼ばれるものの中には様々な成立過程を経てきた話が混在していますが、本書は基本的な史料批判を加えた上で11部に分類し、訳出しています。巻末付録にはイソップ寓話を引用した古典一覧の表も付いており、辞典的に使用する際にも極めて有用です。この労力には頭が下がります。逆に言えば、子供に童話を読み聞かせる目的で買うような本ではありません。

【感想】まあ、まず思ったのは、玉石混淆というか、よくできた話と、まるで意味をなさない話とのギャップが凄いということだ。子供向けにアレンジされて人口に膾炙している話は、さすがに出来が良いものばかりであるように思うけれども、半分くらいは読む価値のない話のように思ってしまう。そう感じてしまうのは、話者と読者を隔てる二千年以上の時のせいなのかもしれないけれど。
あと、一般的に広まっている話とイソップの原典が異なっている話が多いことにも気がつく。たとえば一般的に「アリとキリギリス」として知られている話は原典では「蟻と蝉」となっていたり、「金の斧」として知られている話で登場するのは泉の精ではなくヘルメス神だったりする。「ウサギとカメ」の競争の話も、一般的に知られているものとはニュアンスが微妙に違っていたり。まあ、ちょっとしたトリビアにしか使えない知識かもしれないけれども。
それから、生まれ持った分を守るべきことを強調するあまり、後天的な努力を揶揄し非難するような話が極めて多いことにも気がつく。羊や驢馬や狼や烏やライオンが、もともと持っていた性質を超えて高望みすることで、次々と悲惨な目に遭う。こういった話には、身分制原理が社会を支配していた名残を見出さざるを得ない。持って生まれた性質はどんなに努力しても変わらないという「諦めの境地」を強調するライトモチーフは、現代的には「努力に何の意味もない、勝負は生まれた時に決まっている」というメッセージとして流通してしまう。まあ、21世紀の教育的な観点から見て不適切なのは、あくまでも時代の問題であって、イソップ寓話固有の問題ではないけれども。
いろいろ思うところはあるけれども、こういう洒脱な知恵が2500年前に共通教養となっているギリシア文化の奥深さには、率直に驚かざるを得ない。ホメロスの叙事詩、アイスキュロスの悲劇、ソクラテスの教育、プラトンの哲学等々と並んで、ギリシア文化の底なしの深さの一端を味わえる一冊であることには間違いがない。

中務哲郎訳『イソップ寓話集』岩波文庫、1999年