ロンブー淳の青学受験に対し、城マニアとして思うあれこれ

ロンブー淳の青学受験、結果は不合格となったそうです。(参考『ロンブー淳、青山学院大受験すべて不合格「とても辛くも、青春を味わせてもらった時間でした」』(スポーツ報知))
おつかれさまでした。

しかし、上記引用記事についたコメントの罵詈雑言の酷さは、目に余るというか。淳がかわいそうになります。中には論理的な文章もないわけではないですが、単に否定的な感情をぶつけるだけの酷いコメントが多すぎます。淳のチャレンジが結局は単なる「消費コンテンツ」として扱われてしまった結末が、不憫でなりません。まあ、単なる消費コンテンツになってしまったのは、送り手側の問題でもありますが。

タレント本人が大学受験について見通しが甘くなってしまうのは、仕方がないと思います。進路指導を受けられなかった人が受験というものの実態を知らないのは、当たり前です。本人のせいではありません。このあたりは、周りのスタッフがフォローしないといけないところのはずです。このフォローが十分だったかどうか。ただの消費コンテンツで終わるとしたら、タレント個人の資質の問題というより、企画制作全体の問題であったように思います。彼の個性や持ち味を活かし、単なる消費を超えていくようなやり方は、必ずあったはずです。(具体的には、過去記事で過不足なく述べたつもり)。

一方、番組に協力したという矢萩邦彦のコメントは、とても含蓄が深いものだと思いました。彼の記事は、他にも読み応えがあるものばかりです。今後の教育の方向性を考える上でもとても参考になります。たとえば、センター試験で「ムーミン問題」が話題になったとき、私も教育学的観点から言及しようと思いましたが、彼の記事を読んで、私の言いたいことがほぼ尽くされているのを見て、書くのをやめました。(参考:矢萩邦彦『「ムーミン問題」に見る受験の未来~問われる学力はどう変化していくのか』)
彼のように教育問題全般に目配りのできる人を、単に受験協力のためだけでなく、企画全体の方向性を考えるブレーンに据えていれば、単なる消費企画に終わることは避けられそうに思えました。

個人的に外から見る限りでは、来年の青学受験チャレンジはする必要がないように思います。単なる意地で続けても、誰も得しません。
外から見ている限り、このチャレンジを通じて、淳は「何を学びたいのか」や「どんなスキルが自分に必要か」や「そのスキルを身につけるための選択肢にはどういうものがあるか」について、真剣に考えたように見えます。そうして出した結論が、最初の動機と違っていても、まったく問題ではありません。まったく縁もゆかりもなかった世界で戦おうとしたわけですから、最初は自分が何をしているか分からなくても仕方ありません。そして、学びを進める過程で視野が広がり、これまで見えなかった選択肢が新しく見えてくるのは、学びの過程としてとても健全なことです。その結果、大学に進むことが唯一の選択肢ではないことを自覚したとしたなら、これは大きな前進だと思います。無理して受験チャレンジにこだわる必要はないと思います。学ぶ過程でゴール地点が移動するのは、必ずしも「ブレている」わけではなく、成長の証として理解するべきものです。

自分の個性と持ち味を伸ばしていくような、そういうチャレンジであれば、多くの人が素直に応援してくれるだろうと思います。アド街ック天国の犬山編で、彼が犬山城の魅力についてコメントしましたが、とても素晴らしい内容でした。お城の魅力を世間に広めていくために、彼の力は絶対に必要です。今後の活躍を楽しみにしています。