【要約と感想】ジュリア・アナス『1冊でわかるプラトン』

【要約】プラトンを読む際には、「対話篇」という形式が持つ意味に着目する必要があります。プラトンは自分の哲学的見解を押しつけるのではなく、読者を対話そのものに巻き込むことを目論んでいます。なぜなら、知識とは、人から教えられて簡単に分かるものではなく、自分で真剣に努力して取り組んだ時に初めて理解できるようなものだからです。だから「イデア論」も、プラトンの最終論理として確定してしまうのは好ましくないでしょう。

【感想】イデア論を確定的な理論と認めるべきでないという見解には、かなり共感する。一般的な教科書では、『国家』とか『パイドロス』で見られるような確固としたイデア論こそがプラトン固有の見解であると確定的に言及されることが多いけれども。個人的にはなかなか同意しがたいものがあった。思うに、ただ一つ確実なことは、プラトンが「正真正銘本物の善は絶対にある」と信じていたことくらいだろう。で、実際のところそれが何なのかということについては様々な角度からの探求の過程が続けられ、イデア論は中でも有力な仮説ではあったものの、最後まで決着はついていないと考える方が正確だろう。逆に、イデア論がなくとも、「正真正銘本物の善は絶対にある」という信念は成立する。

それを指示する証拠が、プラトンが徹底的にこだわった「対話篇」という著述形式となる。正真正銘本物の善には、ディアレクティケーという哲学固有の方法でしかたどり着かない。その方法論に対する信念が対話篇という具体的な形になって現れている。とすれば、プラトンを読み解く上で唯一確実な土台となるべきは「対話篇という形式」そのものであって、イデア論という確定的な形で言及されたわけではないような考えではない。読者は、プラトンから確固とした知識を教えてもらう客体ではなく、ディアレクティケーに巻き込まれながら自分自身で善を見出す主体となることが期待されている。そのときにはプラトンそのものも客体ではなくなっているだろう。

ほか、本書はプラトンとジェンダー論という、なかなか他では見ないような主題も前景化されていて、単なる初心者向けの案内を越えているような感じがした。

ジュリア・アナス『1冊でわかるプラトン』岩波書店、2008年