【要約と感想】Laura Lepri『書物の夢、印刷の旅』

【要約】ルネサンス期イタリア文化人たちの華麗な日常。黎明期の印刷出版の具体的なあり方。

■確認したかったことで、期待通り書いてあったこと=ラテン語から俗語へと切り替わる際のダイナミックな動きと具体的な問題点。たとえばイタリアにも数々の方言があったわけだが、そこから標準語としてのイタリア語なるものがどのように立ち上がってきたか。イタリアの場合は、既にルネサンス期に意識的な俗語論というものが存在していた。しかし一方で、何を標準語とするかという合意は当然できていなかった。標準語が確立するためには、やはり意識的に俗語を彫琢した権威ある書物が印刷出版されて広く流通する必要がある。イタリア語の場合は、カスティリオーネ『宮廷人』がその役割を果たすようだ。さらに言えば、校正者の果たした役割が極めて大きかった事実が興味深い。印刷術の普及に伴って権威ある俗語が確立していく過程は、ナショナリズムの成立を考える上でも重要。

著者としての自意識の芽生え。海賊版や質の悪い印刷術によって自分の書いたテキストが改変・改悪されることへの嫌悪感がルネサンス期から表明されていた。写本であればおそらくこのような著者としての自意識が生まれることは考えにくい。近代的な自意識が誕生する過程を考えるときに、印刷術がどのようなインパクトを持ったかが具体的にわかる。

ポルノグラフィの影響。印刷術の黎明期から既にポルノまがいの印刷物が出回っていた。それがどの程度のインパクトを持っていたかは本書では分からないが、新しいメディアが普及一般化する際に必然的にポルノまがいの表現が伴うのではないかという疑いは持たせる。しかし特にピエトロ・アレティーノは興味深い人物だ。死因が「笑い死に」だし

【感想】黎明期の印刷術の様相を知ろうと思って読み始めたんだけど、学術的な本というよりも、ノンフィクション時代ものという感じだった。が、だからこそ面白く読めたかも。決定的かつ不可逆的に時代が遷移する境界線上で、それまでにはありえなかった新しい野望を抱いて蠢いていた人々を描くには、主観的な心情記述にも踏み込める本書のような形式のほうが相応しいかもしれない。さすがイタリア人、登場人物の言動と行動がみんないちいちオシャレだし。しかし冒頭に記された「日本の読者へ」という著者のメッセージが、いちばんオシャレだったかも。

ラウラ・レプリ/柱本元彦訳『書物の夢、印刷の旅 -ルネサンス期出版文化の富と虚栄』青土社、2014年