【要約と感想】宮崎正勝『海図の世界史』

【要約】海を中心に視点を据えると、世界の見え方がまったく違ってくる。

■確認したかったことで、期待通り本書に書いてあったこと=コロンブス以前から、地球が丸いことは人々の間で常識になっていた。印刷術の発明によってプトレマイオスの『地理学』がブームとなって世間に大量に出回り、地球球体説は知識人の常識となった。しかし地球の大きさに関しては、大西洋の大きさを極めて小さく見積もる楽観的な態度が広く見られた。コロンブスが新大陸発見を認めずにアジア到達にこだわったのは、馬鹿だったというよりは、コロンブスがスペイン宮廷と交わした契約に関わって都合が悪くなってしまうため。

アメリカ大陸西海岸と東南アジアの連絡は、16世紀半ばにスペインが太平洋航路を開発することで可能となった。アメリカ大陸で産出された銀の多くは、太平洋を経由して東南アジアの香辛料市場に持ち込まれた。

イベリア半島優位で進められていたはずの海外航路開発は、17世紀にはオランダが主導権を握るようになった。その逆転の大きな理由は、イベリア半島国家が採用した国家主導の海外戦略が硬直していたのに対し、オランダの半官半民的な自由競争政策が勝っていたから。そして自由競争の優位性は、18世紀にイギリスが主導する公海の自由への主張によってさらに増大する。これは、港町が大量消費地を後背地に持つかどうかを重要視するようなアタリ等の見解とは大きく異なる。個人的には地政学的な見解よりは、本書のように自由主義の展開に即して説明するほうが納得しやすい。

■図らずも得た知識=マゼランは特に地球一周を志していたわけではなく、コロンブスと同じように西回りで香辛料市場にアクセスすることを目論んでいた。ヨーロッパから北米大陸を西に抜けてアジアの香辛料市場に到達しようとするチャレンジが数多く行われていた。ほか、地政学的な知識をたくさん得た。

■要確認事項=資本主義の成立は、カリブ海域におけるサトウキビ栽培のプランテーション化が契機となっているという見解。ヨーロッパの資本+アフリカの奴隷労働力+アメリカの広大な土地によって資本主義経済が成立したという。本当か? 新大陸への資本投下が市場規模を著しく拡大させたこと自体は間違いないだろうけれど。ただ、奴隷労働という非効率的な生産様式が残存しているところに本当に「資本主義の成立」の契機はあり得るか。資本主義の成立を語る上では、「労働力の自由売買」を不可欠な構成要素とする生産様式の組織化はしっかり議論されるべきではないか。「市場規模の量的拡大」と「資本主義の質的成立」を同じ事態と見なしてよいのか。

【感想】アメリカが関わった2つの太平洋戦争の意味。一度目は1898年にスペインを相手とした太平洋戦争で、このときフィリピンを獲得。二度目は1941年に日本を相手とした太平洋戦争で、このとき沖縄を獲得。この両者とも、中国という巨大市場の獲得を目指した長期的戦略の一環とすれば。2017年の北朝鮮に対しても、アメリカの基本的スタンスをこのマハン的な太平洋戦略の視点から考えていいのか、どうか。

宮崎正勝『海図の世界史―「海上の道」が歴史を変えた』新潮選書、2012年